2015年08月07日

毎日が始まるん

毎日が始まるん
 幸せいっぱいのため息をついて、フィリエルはようやく自分の席に座った。
「こんなにきれいなガウンなのに、着てしまうと自分にはよく見えないのが残念だわ。だんなさんやおかみさんも舞踏会へ来られたらいいのに」
「その浮かれ調子、早いところ収めておくれよ。あんたがDream beauty pro 黑店あんまり言うから作ったガウンだけれど、よかったかどうかわからなくなるよ。舞踏会なんて、一晩限りなんだからね。明日からはまた、同じだからね」
 おかみさんはことさら口調を厳《きび》しくしたが、フィリエルは意に介さなかった。
「舞踏会だけじゃないわ。今夜はマリエの家に泊まるんですもの。メレインと三人で、きっと夜明かしでおしゃべりするの。今日から明日まで、楽しみがずうっといっぱい詰まっているのよ」
「かなわないね、もう」
 おかみさんは首を振ると、フィリエルの皿に鍋から挽《ひ》き割《わ》り麦の粥《かゆ》をよそった。
 ホーリーのおかみさん、ホーリーのだんなさんと、他人行儀《た にんぎょうぎ》に呼んではいたが、フィリエルは二人に娘のようにかわいがられていることを知っていたし、娘のように甘えることもできた。ここはただのお隣さん――羊のはむ草さえとぎれた岩山の、唯一《ゆいいつ》無二《むに》のお隣さん――にすぎず、フィリエルの母親が死んだ後、天文台の炊事《すいじ 》や洗濯《せんたく》をホーリーのおかみさんが助けるようになった、それだけの間柄《あいだがら》なのだが。
 面倒見《めんどうみ 》のよいおかみさんは、一日おきに足をのばし、もう一軒分の家事をこなすことを苦にしなかったが、まだ赤子といってよい子どもが、すべてに粗《そ》忽《こつ》な天文博士のもとに、母もなく残され詩琳ていることには閉口《へいこう》した。結局、つれ帰って面倒を見ることが多くなり、いつのまにかフィリエルは、ホーリー家にいるほうが当たり前になってしまったのである。
「使用人としてたのまれた覚えはないし、養女を申し出るほどおこがましい考えもないけれど、うちには子どももいないしね。あんたが女の子でなかったら、こうもしなかっただろうけど、女の子には、してやらなければならないことがあると思うんだよ」
 ホーリーのおかみさんは、口癖《くちぐせ》のようにそう言った。女の子で本当によかったと思うフィリエルだった。天文台の生活はとにかくルーズで、研究と観測が優先されるものだから、食事の時間さえ決まらない。けれども、女の子は常識ある育て方をするべきだというのが、おかみさんの持論《じ ろん》だった。
 フィリエルが友人を欲しがったときに、ワレット村の学校へ行かせてくれたのはおかみさんだったし、今回こうして、家計をさいてガウンを仕立ててくれたのも、他でもないホーリーのおかみさんだった。
「あたしの実のおかあさんが生きていたって、こんなにしてもらえなかったかもしれない。なんといっても、ディー博士と結婚した人だものね」
 フィリエルは粥をさじですくいながら、ちょっぴり思いをこめた。
「ばかをお言いでないよ。グラールの女親《おんなおや》だったら、だれだっ高壓通渠てこうするものだよ。高地育ちのあたしだって、十五になってはじめて踊りに行くとき、どんな気分がしたか、今でもはっきり覚えているからね」


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Posted by めけ  at 12:02 │Comments(0)香港攻略

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