2015年08月14日

悔やまれま

悔やまれま

 ウアカリは、恐れげもなく我々の近くまで来ると、地面に腰を下ろしました。もう、我々との距離は、ほんの四、五メートルほどです。
 あらためて、銃の弾丸を失ってしまっていたことがした。サルは、ジャングルではご馳走の部類です。ウアカリの成獣を一頭射止めれば、全員の食欲を満たすのには透明質酸 鼻充分すぎるほどでしょう。
 この時には、煌々と焚き火に照らし出されて、ウアカリの顔の細部まではっきりと見て取ることができました。仲間と喧嘩でもしたのか、無毛の頭部には、爪痕のようなミミズ腫れが何本も蛇行していました。
「こいつ、頭がおかしくなってるのかな」
 誰かが呟きました。
 そう言うのも無理ないほど、ウアカリの態度は奇妙でした。落ち着き払って地面に座ったまま、奇妙に作り物めいた茶色の大きな目で、じっとこちらを見ています。
 蜷川教授が立ち上がりました。手には銃を持っています。足音を立てないようにしながら、ウアカリを迂回するように大きな円を描いて、そっと背後に回り込みます。我々は、固唾をのんで見守りました。
 ウアカリにも当然、教授の動きは視野に入っているはずですが、微動だにしません。
 蜷川教授は、ウアカリの真後ろに来ると、すばやく背後から忍び寄りました。
 その時、ウアカリが上唇を捲り上げ、歯を剥き出しました。しかしそれは、威嚇というよりは、まるで笑っているかのように見えました。
 次の瞬間、蜷川教授が振り下ろした銃の台尻が、鈍い音を立てて、ウアカリの剥き出しの頭部を打ち砕きました。
 蜷川教授は、無造作に死骸をぶら下げて焚き火のそばに戻ってくると、ベルトに挟んでいた大きなシースナイフを引き抜きました。慣れた手つきで幅広の刃を胴体に差し込むと、巧みに皮と肉の間を広げていきます。さらにそこから強く息を吹き込むと、毛皮は風船のように膨らんで剥離しました。あとは、縦横に大きく切り開いて、脱がせるだけです。
 次に、四肢の付け根の周囲にも浅く刃を入れて、まるで夜会用の長手袋やストレッチ?ブーツを脱がせるように、易々と手足の皮を剥ぎ取っていきます。
 マントのような毛皮がなくなってしまうと、ウアカリの死骸は、無惨なまでに幼児にそっくりでした。
 教授は、ナイフの先端を巧みに使って、手足の付け根や首筋にある臭腺を取り去ってから、山刀《マチュテ》で頭部と四肢を切断し(思ったほどは血が出ませんでした)、ぶつ切りにしました。
 今度は各自、骨付きの肉や肝臓などを木の枝に突き刺すと、ざっと塩を振りかけて、焚き火で炙って食べました。
 我々は、車座になってウアカリの肉を咀嚼しながら、飢餓を満たす強烈でどこか官能的な喜びとともに、わけのわからない罪悪感に襲われていました。そう感じていたのが僕だけではない証拠には、肉にかぶりつきながらお互いに目が合うと、みな後ろめたそうに目をそらすのです。
 手足は、焼いてしまうとますます人間そっくりになったため、全員、目を瞑って、肉の味だけを噛みしめて食べていたようです。しかし、頭だけは、さすがに誰も食べられなかったらしく、最後まで残っていました。
 星空の下、圧倒的な闇の広がりに吸い込まれていくような、焚き火のゆらめき。ぱちぱちと薪の爆ぜる音。遠くでときおり聞こえる、獣の叫び声。そして、血腥い臭気と複雑に入り交じった、肉の焼ける匂い……。
 あの晩のことを今思い出してみると、感覚としての印象は鮮玻璃屋明に残っているのですが、それとは逆に、どこか夢の中の出来事だったような不思議であやふやな感じがします。
 あれ以来、僕の意識の中では、確かに何かが変わりつつあるようです。
 あの晩、アマゾンへ来て初めて、自分が大きな自然の一部であることを実感したような気がします。
 人間の生や死は、大きな自然の循環の中では、ほんの一部に過ぎません。そう思うと、なにやら心が軽くなった気がします。
 今はただ、一刻も早く君の元に帰りたい。


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Posted by めけ  at 12:38 │Comments(0)香港如新集團

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